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 渚を愛する会 について
                     NPO鹿児島 渚を愛する会

                                 元理事長 故 福田正臣(内科医)

   はじめに
  近年、わが国において、経済成長の美名のもとに、あるいは人間の生活の便利さのためだけに、
 緑の山は無造作に崩されてその美しい姿を失い、
 渚は埋め立てられて白砂青松の美しい浜辺は消えてゆきます。
  海に囲まれて渚の多い鹿児島の、その渚が織りなす瑞々しい景観は山の緑と相まって、
 鹿児島の人々の心に、素朴にしておおらかな潤いを育んできました。
 鹿児島の芸術・文化の源泉もまたここにあったと言えましょう。
 その鹿児島の自然が大きく失われつつあります。
 渚を失うということは、単に浜辺の美しい景観の消滅だけでなく、
 人の心に豊な情緒を育む世界の喪失でもあり、
 また、渚に棲む幾多の生物の生命を奪うことでもあり、
 また、海岸工学的障害をもたらすみなす因ともなるものであります。

   会の設立
  私達は、これ以上渚が失われることに絶えられず、私達の子々孫々のために、
 そしてまた、海の生物のために、渚の自然を大事に残そう、という願いを掲げて、
 『鹿児島・渚を愛する会』を作ったのであります。
 今から二十五年前の昭和五十三年の十二月でありました。
 その、1年前に、渚を残そうということを最初に言い出した私は、
 ピアニストの浦上洋子さんの協力を得て、二人で、先輩、知人、友人を訪ねて私共の考えを述べました。
 みんな双手を挙げて賛同して発起人になって下さいました。
 椋鳩十(児童文学者)、荒木博之(広島大教授)、新納教義(図書館長)、山根銀五郎(鹿児島大教授)、
 石神兼文(鹿児島大学長)、五大夏夫(作家)、夏目漠(詩人)、山下欣一(国際大助教授)、
 柴田貞次郎(鹿児島大海岸工学教授)、佐藤道郎(鹿児島大海岸工学教授)、有馬万里代(声楽)、
 白鳥みなみ(バレエ)、原口泉(郷土歴史)、−以上敬省略― の諸先生初め、
 その他多くの方々が加わられて三十人の発起人会が出来て、
 前述のごとく昭和五十三年に発会しました。

   会の理念・性格
  日本各地で、渚の埋め立てに反対して、浜辺に座り込んでの反対闘争がよくなされましたが、
 すべて敗れて渚は次々に埋め立てられました。
 そこで私達は、そのような闘争とは違った運動として、
 『渚を愛する心』から出発する運動を始めたのであります。
 すなわち村人がわが村の浜辺を愛し、町人がわが町の渚を愛して、その渚を大事に残そう、
 という念い(おもい)にめざめ、渚を残すことの重要性を認識する、という啓蒙運動、精神運動であります。
 その念、その心が全県民、全国民に拡がってゆけば、渚の埋め立てはおのずから減るのであろうという
 ことを期待しての精神運動であります。
 このように、私共の会は、世間によくある実力行使の反対闘争の運動ではないのであります。
 ただ、渚を愛し、渚を残したいという念だけで結ばれている善意の人々の集まり、
 純粋無垢の心の会であります。
 なお、いかなる政治的イデオロギーも絶対に持ち込まない、を鉄則としていす。

   具体的な活動
  毎年、夏の「渚のコンサート」(洋楽、邦楽琴、バレエ)、
 秋の「渚の写真展」(浜辺や、海の、会員の作品)、
 春と秋の「渚探訪・清掃」(日曜日に浜辺を訪ね、清掃し、弁当を開き、一日渚を楽しむ)、
 年に三回の会報「なぎさ」の発行。
 そして、「渚の講演会」。
 以上の活動を二十五年間続け、人々に、耳を通し、目を通して「渚を残しましょう、渚を、渚を」
 と絶えづ呼びかけています。
 会員は二十五年間、四百人前後を維持しています。
 年令職業の如何を問わず、二十代から百一才のおばあさんまで。
 県内だけでなく、関東、関西、北九州の人々も会員の中におられます。
  なお、この会の活動のひとつに、『渚買い取り計画』があります。
 英国で百年前に始まった「ナショナル・トラスト」にならって、県内の景勝の浜辺をこの会で買い取って、
 その渚を末永く大事に保存し、且つ活用しよう、という計画で、『ネプチューン計画』と呼んでいます。
 会員の年会費の一部を貯蓄して買い取り資金を作っています。
 買い取り候補地は現在検討中であります。

   この運動の成果
  この運動は、どこどこの渚、どこどこの浜と限定した個所を対象にした各論的運動ではなくて、
 全県下、全国の渚を対象にした総論的、概論的運動であるので、短期間に目に見える形として
 効果が現れるものではありません。
 しかし、発足二十五年、今やこの運動にも大きな成果が現れて来ました。
 先ず、特筆すべきは、今まで、なぎさ という言葉は詩や歌に出てくるだけで、日常の会話には
 普通使いませんでした。
 ところが、今や鹿児島では、渚 という言葉は普通の言葉として広く使われるようになりました。
 渚 という漢字も今は手紙や新聞などにごく普通に書かれるようになりました。
 ひとつの言葉が珍しいものでなくなり、普通の日常語として使われるようになった時、その言葉が
 人々の心に深く定着したと言えるでありましょう。
 渚 が定着した心はやがて、渚 を残す行動を生み出すことでありましょう。
 これは実に「渚を愛する心」の運動の大きな成果であります。
 次に、私達が毎年、春と秋に行っている『渚の清掃』にならって、
 最近では県内各地で住民達が自主的に渚の清掃をするようになったことであります。
 渚を美しく保ち残そうという、人々の意慾の現れと言えましょう。
  このような県民の「渚を愛し残そう」という意思の昂揚と広がりの前に、
 渚の埋め立ては年と共に著しく減少しました。
 私共の究極の目的に、ついに到達致しました。

   おわりに
  発足以来ここに二十有五年。
 「渚を愛する心」から出発して、純粋な精神運動に一貫して徹してきた私共の「鹿児島・渚を愛する会」は、
 日本国中の数有る自然保護運動の中で、きわめてユニークな、きわめて基礎的な有力な精神運動として、
 今や高く評価されるに至りました。
                      平成十五年四月三十日
                                                          以上



        ホームページ編集 理事 海江田嗣人 監修 副理事長 佐藤道郎
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